江戸川競艇場の黒歴史!伝説の前ヅケの秘話 !!!

江戸川競艇場の黒歴史

今年19年)も9月24日からG1江戸川開設64周年記念が開催されている。
現在では内規によって原則枠なり3/3進入を是としている江戸川競艇場だが、ひと昔前の江戸川は、完全な自由進入の時代であった。

そんなこともあり、風も波も潮の流れもお構いなしにひたすらインを狙って動く前ヅケ屋の存在や、普段はあまり動かない選手の、ここ一番の勝負どころとばかりに奇襲に近い前ヅケでレースが大きく変わる、それもまた江戸川でのレースの楽しみ方であった。

やられた方は客も選手もたまらない。

江戸川も前ヅケしたらあかんというルールはない

平成11年(’99年)6月8日
G1江戸川大賞競走 開設44周年記念 初日
12R ゴールデンレーサー賞
1 熊谷直樹  34歳 A1
2 濱野谷憲吾 25歳 A1
3 濱村芳宏  32歳 A1
4 黒明良光  51歳 A1
5 中道善博  50歳 A1
6 三角哲男  32歳 A1
(年齢・級別は当時)

この年の周年記念で、特に大きな話題と言えば当時トップクラスの選手だった中道善博が昭和49年以来の江戸川出走で、いきなり初日ゴールデンレーサー賞に選抜されたことであった。

しかし、トップクラスの選手とはいえ、江戸川不走期間の長さから記者にも客にも軽視されており無印、濱野谷憲吾熊谷直樹の地元2枚看板に人気と注目が集まっていた……のだが。

 当時の中道は50歳でありながらいまだSG戦線の常連で、コース不問のオールラウンダーな選手ではあるが、勝ちに行く、勝てそうな相手であれば遠慮会釈なく1コースを取りに行く前ヅケ屋でもあった。

 12Rの出走、ピット離れの瞬間から堤防スタンドの声が悲鳴に変わる。

「中道!! ここで動くのか!?」

1号艇熊谷のピット離れが甘いと見た中道が急加速し、あっさり1コースを熊谷から奪い取ってしまった。
そしてレースはそのまま中道が逃げきり1着。
意表を突かれた熊谷はリズムを崩し自分らしいレースができずに5着敗退、2着に6枠の三角哲男が道中うまく立ち回り、2連単5-6は15820円の万舟決着となった。

実は、ここの小見出し『江戸川も前ヅケしたらあかんというルールはない』はゴールデンレーサー賞で1着を取った中道の勝利者インタビューの要約だが、確かに中道の言葉通り、当時の江戸川も他場と同様にコースの自由進入が許されていた。

つまり競走水面の特性上、他場に比べて枠なりになりやすい江戸川ではあるが、レースと選手によっては素直に枠番通りの進入にならない可能性もある、ということを改めて中道が実証してみせたのだ。

優出するためにも最初から前ヅケは狙っていた

 初日ゴールデンレーサー賞の大敗でリズムを狂わされたのか、熊谷は予選道中で大苦戦しており、3日目の時点で25位タイ、4日目の勝負駆け成功でギリギリ準優に滑り込んだというような状況で、やはり初日の中道ショックが尾を引いていたのだろうという評価であった。

平成11年(’99年)6月12日
G1江戸川大賞競走 開設44周年記念 5日目
12R 準優勝戦
1 伊藤誠二 24歳 A1
2 加藤峻二 57歳 A1
3 若女井正 39歳 A1
4 金子猛志 28歳 A1
5 熊谷直樹 34歳 A1
6 西村 勝 25歳 A1
(級別・年齢は当時)

先に行われた10Rでは、中道が2コースから差して1着を決め、優勝戦での内枠を確保。
そして熊谷自身も、中道との決着を望んでいたとしか思えないピット離れからの前ヅケで1コースを伊藤誠二から奪い取り、そのまま逃げきって見せたのだ。
拍手と声援に包まれる堤防スタンド、2着には加藤峻二が残り2連単5-2は2150円。
得点率1位だった1号艇伊藤誠二が着外に消えたにも関わらず、万舟決着にならない配当の上に8番人気。

つまり、かなりの客は熊谷が前ヅケをしてでも勝ちに行く、そう信じていたのだろう。
実は、この見出しも準優戦で1着を取った熊谷の勝利者インタビューの要約で、やはりここは最初から狙っていたなと確証できるコメントだった。そしてそのコメント通り、熊谷は1着でゴールを駆け抜けたあと小さくガッツポーズを見せていた。

その姿は、まさにしてやったりという感じにも見えた。

熊谷vs中道、勝負の結果は……?

平成11年(’99年)6月13日
G1江戸川大賞競走 開設44周年記念 6日目
12R 優勝戦
1 中道善博 50歳 A1
2 熊谷直樹 34歳 A1
3 福田雅一 30歳 A1
4 加藤峻二 57歳 A1
5 三嶌誠司 30歳 A1
6 片山 晃 43歳 A1

当時の優勝戦の枠番は、準優1着の3人が1枠から3枠、準優2着の3人が4枠から6枠のガラガラを回して枠番抽選を行っていた。
現行ルールであれば得点率2位で準優1着だった福田雅一が優勝戦1号艇になるのだがそれはまた別の話。

戦前のインタビューは、中道も熊谷も淡々と現状を語り、他のメンバーも何かを悟っているかのように、展開待ちを意識しているような作戦を語る。
はたしてどんな結末を迎えるのか、本当に実現してしまった中道と熊谷の二度目の対決。
いつもの優勝戦の雰囲気とは違う気配が場内に漂っていた。

 

ファンファーレが鳴り、ゆっくり待機行動水面に向かう6艇。前ヅケに出るかもと思われていた三嶌や片山も動かず、すんなり123456の進入ではあったが、なにか違う。

違和感の正体は全艇総ガマシの体勢。
1コース中道ですらターンマークのかなり後ろから、およそ180m~200mからの起こし、つまり熊谷が2コースでありながらその中道よりも更に大きく引っ張り、カドを選択したのだ。

 この瞬間スタンドの客は全てを察した。

熊谷中道をまくり殺すつもりだ!」

待機行動中の熊谷のトリッキーな動きに翻弄され、1コースの起し定位置からかなり後ろから起こすことになった中道は初動をしくじり、外の5艇に比べ起こしが大きく立ち遅れた。

中道のスタートタイミングは.15。それでも2コース発進の熊谷からは1艇身以上艇間が開いていた。
つまり熊谷のスタートは……。
スタンドにいたほとんどの客はその結末を理解していた。

 この日の優勝戦実況担当だった『ノッポさん』こと島崎慎一郎アナの「これは早い飛びだしです!」という声が響く。

 1周1M、実質上のトップスタートを切った2コース熊谷は躊躇なく中道の頭を抑え込み、一気にまくりを仕掛ける。

 まくらせまいと熊谷を張りに行く中道。それにまきこまれないように差しに切り替える本来のダッシュ勢。ターンマークを回り切った時点で熊谷は中道をまくりきり、さらに熊谷についていった福田雅一が中道に対してとどめとも言えるまくり差しに沈め、中道の優勝は完全に消滅した。

 そこに鳴り響くフライングを知らせるチャイム。

「福田もやったか?」
「いや、熊谷だけだろう」
「熊谷だけだな、あんにゃろ本当に中道沈めちめぇやんの!」

 フライング艇は2号艇熊谷のみ。返還欠場を告げるアナウンスが場内に流れた。

 熊谷自身も自分のフライングを確信していたのか、中道をまくり殺したあとはバック半分あたりで競走をやめ、ゆっくりとピットへ帰投していった。

返還を被ったはずの客からは熊谷を責める声はなかった。
むしろ熊谷が仇討ちの本懐をなしとげたといわんばかりに、ピットへ向かう熊谷に拍手やねぎらいの声をかける客もいたのだから……。
かくして、レースは熊谷の中道を潰すためだけと思える自爆テロにも似たフライングに巻き込まれず、きっちり3コースからまくり差しに打ってでた福田雅一のG1初優勝で幕を閉じた。

 実は、自分も熊谷が優出を決めた時点で、優勝戦は熊谷の優勝かフライングだろうと決めつけ、熊谷vs中道の結末と2人のレース展開だけを予想していた。
それこそが『競艇』だと思うし、因縁の対決という図式は舟券の当たり外れなど度外視できるくらいドラマチックで面白いじゃないか! 自分はそう思っている。

 ……ところで、この優勝戦の本当の勝利者は誰なのだろうか?

優勝戦結果
1着 3 福田雅一 ST0.02
2着 4 加藤峻二 ST0.10
3着 6 片山 晃 ST0.16
4着 1 中道善博 ST0.15
5着 5 三嶌誠司 ST0.12
F  2 熊谷直樹 ST+0.05
連単 3-4 1630円 8番人気
決まり手 恵まれ