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芦村幸香さんがついに引退か!?魔の8項育児に専念か、、

ボートレース界の美女芦村幸香がついに引退!?

ツイッター上で、芦村幸香選手が引退すると言う噂が広がっている。

先日に行われた、下関COMEON!FMCUPでは、3日目最終12Rで1枠ながら3着と競争得点を稼げなかった事が起因しているようである。

未だ正式な発表は無いものの引退の可能性が高いと言うことで、今までの芦村幸香選手の経歴も交えて書いて行きたいと思う。

ボートレース界に止まらず、アスリート界でも有名なほどの美人で有名な芦村幸香選手。
2010年には、『恋のから騒ぎ』にも出演経験があるほどの有名人。

そんな芦村幸香さんが、『魔の8項』によって引退する可能性がある。

魔の8項とは

正式には「選手出場あっせん保留基準第8号」。
級別算定期間において勝率3.00未満の場合と事故率1.00以上の場合、成績確定直近の6ヶ月間あっせんが保留(=レースに出場できない)される。

4期通算出走回数が私傷病または自己都合により60回未満の場合

芦村幸香選手の期別成績

勝率 4.49 2連対率 22.20%
3連対率 37.77% 出走回数 45回
優出回数 0回 優勝回数 0回
平均スタートタイミング 0.21 フライング回数 0回
出遅れ回数(選手責任) 0回 能力指数 48
1着 6.7%(3回) 2着 15.6%(7回)
3着 15.6%(7回) 4着 26.7%(12回)
5着 22.2%(10回) 6着 13.3%(6回)

 

twitterの声

 

芦村幸香さんのマル秘エピソード

以下マイナビより引用 !!

華やかなモデルから、水上で戦うボートレーサーへ

現在は厳しい勝負の世界に身を置く彼女ですが、元モデルという異色の経歴を持っている。
ボートが大好きだったと語る芦村さんは、雑誌やテレビで輝く華やかなモデルから、水上で戦うボートレーサーへ。
この驚きの転身を成し遂げた背景には、自分の人生をあきらめない芦村さんの執念があった。

心に引っかかっていたボートレーサーの夢
山口県下関市生まれの芦村さんにとって、ボートレース場は身近な遊び場、おじいちゃんによく連れて来てもらっていとようです。
場内の公園で遊んだり、大人たちが捨てた舟券を集めて“ままごと”をしたりしていたとのこと。

しぶきを上げて水上を疾走するボートレーサーたちに憧れる気持ちは、ボートレース場に足を運ぶたび、年齢とともに大きく。
そんな中、同じくボートレース好きの友人からかけられた何気ない一言で、芦村さんの心は揺れ動くことになった。

『ボートレーサーを目指してみたら?』
って言われて。
それまでは職業にするなんて考えもしていなかったのだが、その一言で揺れ動いたそうである。

しかし、このときは募集要項に満たない項目があり、あえなく断念。
その後、芦村さんは原宿でのスカウトをきっかけにモデルの道を歩み始めた。それでも、ボートレーサーになる夢は捨てきれなかったと語っている。

高校を卒業後、モデルの活動を続けながら一度は就職もしたが、その仕事を一生続けると思うとどうしても納得できなく、結局すぐに辞職。

そんな芦村さんの強い気持ちが通じたのか、あるとき、奇跡が起こった。
満たせなかった募集要項の条件が変更され、応募のチャンスが巡ってきたのである。

やるなら今しかない、と決意した瞬間。

それから芦村さんは、モデルの仕事もしながら1日10時間の猛勉強を開始。
当時30kg台だった体重を下限体重の42kgにまで増やすため、プロテインを片手に苦しい増量にも取り組み始めた。
努力の甲斐あって、実に4回目の受験で見事合格!

2010年、モデル業を引退し、ボートレーサー養成所に入学

頑張れたのは、尊敬する今村豊選手の言葉のおかげ。
いつかの優勝インタビューで『あきらめなければ夢はかなう。前進してください』といったようなことを仰っていて。
当時は高校を卒業したばかりだったのですが、そのときに聞いたメッセージが、ずっと心に残る。

今村豊選手の言葉を思い出し笑顔に
1年間の養成所生活は、その過酷さからドロップアウトしてしまう人さえ。
芦村さんは「帰る場所はない」と自らに言い聞かせ、歯を食いしばって毎日の訓練に勤しみ。
その結果、ついにボートレーサーになる夢を勝ち取った。

順風満帆で無かった経歴!!!

プロデビュー戦は上々の2着
プロデビュー戦は、上々の2着。
「ボートレーサーとしてやっていけるんじゃないか」と淡い期待を抱いたそうだが、勝負の世界は甘くはなかった。

最初の2着が幻だったんじゃないかと錯覚するくらい、長らく勝てず。
勝つことの難しさや負けたときの悔しさを改めて実感。
次々に初勝利を挙げる同期を横目に焦りを感じる芦村さんには、さらなるプレッシャーが追い打ちとなり重くのしかかっていました。

それは「元モデル」という自身の経歴だった。

モデルをしていたことは隠していたのだが、養成所を卒業する間近に『恋のから騒ぎ』に出演していたことが報じられて……

元モデルとしてではなく、ひとりのボートレーサーとして自分を見てほしい。
芦村さんの願いとは裏腹に、色眼鏡で見られたことが少なくなかったのは容易に想像できる。

これまでの生き方が間違っていたのかなって不安にもなったが、関係者から『これは宿命だ』と言われて吹っ切れたそうです。
モデルをしていたからこそ、自分を知ってくれている人たちがいる。だから、もっとがんばらないと』とプラスに考えられるようになった !!

周囲の雑音をはねのけ、がむしゃらにレースに挑むようになった芦村さんは、デビューから1年後、161レース目にして念願の初勝利を飾った。
ただただ一生懸命で、勝った実感は全くなかったと語っています。

苦しみ抜き、初勝利を挙げた2012年11月19日。
この日こそ、ボートレーサー・芦村幸香が真に生まれた日だったのかもしれません。

結婚を経て、目指すはカッコいい母親になること

今や結婚し、一児の母として子育てにも奮闘している芦村さん。
主人もボートレーサーなので、お互いにスケジュールを調整して、どちらかが家にいるようにしています。子どもと二人でいる時間が長く、主人とは月に2日しか会えないこともあるとか。

また、出産を経て復帰した今の方が冷静にレースに臨めるようになったと言う。

緊張のせいか、練習で出来ていることが本番になると出来なくなるケースが特に出産前は多くあった。
例えば、ターンするときにはターンマークを見るのが基本なのに、本番になるとお客さんに目がいってしまっていたりして。
そういう課題を客観視できるようになったので、改善に向けて意識を高められるようになったと、結婚がレーサーとしてレベルアップにつながったようです。

芦村さんいわく、ボートレースの醍醐味は小さな目標を立てられることなのだとか。

一度うまくいかなくても、すぐに次の勝負の機会が訪れる。
『次のレースは、この課題をクリアしよう』
『次のレースに勝ったら、子どもにおもちゃを買ってあげよう』
『明日のレースに勝ったら、夜はお寿司を食べよう』。

そんなささやかな目標を達成していくのが楽しくて、頑張れているそう。

ささやかな目標達成が楽しいと語る

掲げる目標のひとつが親孝行。
女手一つで育ててくれたお母さんを食事やエステに連れて行ってあげるのが習慣になっているとのこと。

芦村幸香さんが引退後は?

挑戦する人の姿はカッコいいもの。
「失敗を恐れずにチャレンジし続けることで、まだ見ぬ自分の可能性に気づけることがある」と話していた。そして、「ボートレーサーになる夢を捨てていたら、きっと今でも後悔していると思います」と断言していた。
今年の残りのレースを本気で走ってくれるに違いない。
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