今村豊選手が引退、緊急記者会見!!なぜ?会見内容,理由を含めてこれまでの経歴,戦歴,プロフィールまとめ

椎名あつし

突然の今村豊選手の引退の知らせに私も驚きました。

今村豊選手が引退,緊急記者会見内容についてまとめる。

今村豊選手引退記者会見,youtubeライブ映像

 

    動画内容の目次

1:27~ 会見開始
3:00~ 今まで経歴をまとめたVTR
4:25~ 今村豊選手入場
9:50~ 現役選手よりメッセージ
(10:00~ 瓜生正義選手)
(10:33~ 寺田 祥選手)
(11:14~ 白井英治選手)
13:19~ 今村豊選手思い出のレース映像
19:39~ 記者から質疑応答
41:50~ 花束贈呈

今村豊選手が引退したきっかけ

最低体重制限が51kgになった頃から体調管理に苦労してきたという。

その中で2020年11月から最低体重が52kgに変更されるにあたって、その『最低体重52kg』に限界を感じたことが決めてになったようです。

今村豊選手の引退レース 2020年9月徳山記念

最低体重が引き上げられることで、8月のモーターボートメモリアルを引退すると考えていたところ、9月に行われた徳山記念の斡旋を貰えたため、そのシリーズを最後に選んだという。

今村選手は、ボートレーサーデビューを徳山で迎えて引退を徳山で迎えることになった。

このことについて、今村選手会見で以下のように話している。

デビューを徳山のレース場で迎え、引退はその徳山の記念レースで出来たということは、

本当に私は幸せ者だと思います。

今村豊選手が人生で一番印象に残っているレース

以下、会見を全文を引用しています。

昭和56年からデビューを致しまして、本日まで怪我なくやってこれた。
今振り返ってみますと、本当に いい ボートレース人生だったと思います。そんな中特に印象に残っているのは、
やはり、はじめて勝った平和島のダービーだったと思います。これはレースよりも、これは笹川良一会長、橋本龍太郎大臣に直接表彰して頂いたことが、特に私の中では残っています。

今村豊選手が引退会見
最後に今後について

以下、会見を全文を引用しています。

今日、こうして引退しましたところ、
今はなにか肩の荷が降りたような、ほっとしている自分がおります。
これからはゆっくり、のんびりと生きていきたいと思います。

最後になりましたが、

この私を育ててくれた、この素晴らしいボートレース業界に感謝しつつ、この業界が益々発展することを願って私からの引退のコメントとさせていただきます。

ありがとうございました。

椎名あつし

今村豊選手今までお疲れ様でした。

突然の会見に驚きましたが、今後の体調を考えての引退だったんですね。
現役SG選手としてまだまだ最前線でボートレースを盛り上げて欲しかったです。

マスコミ各社から今村豊選手へ質疑応答

マクール
元ボートレーサーの奥さんに(引退)を伝えられたタイミングと言われた言葉。
白井選手に伝えたタイミングと言われた言葉
以前からうすうす体重が変わったら辞めると話していました。
最後にはっきりと伝えたのは、9月の徳山記念の前検2日目に『次の徳山で辞める。』と伝えました。
返事は二つ返事で『はい』と言っただけで何も言わなかったです。白井には、徳山の4日目の夜に同部屋の寺田選手とともに宿舎の外で伝えた。
その時、白井選手は『聞いてない聞いてない』と部屋に言ってしまった経緯がありました。

東京中日
ラストラン5着でレーサー人生を終えて、直後の率直な感想は?
正直いいまして、レースにならないだろうなと思っていまして、とりあえず正常にスタートして正常のゴールする このことしか考えていませんでした。
そういう心境なので、着順度外視でとにかくちゃんとゴールする姿を残したいなと思っていました。引退を決意してから、レースに対して恐怖心が芽生えてレースにならないなと正直思っていました。

山口放送
山口県民、全国のファンへ一言
すごく暖かく見守ってくれてます。
特に、地元の山口県民の方には声をかえてくださり、ありがたいな。
地元で歩いていると背中をおしてくれているんだなというのを実感しています。
そのおかげてここまでやってこれたっていうのもあります。
ファンのみなさまありきの今村豊だなって思います。
日刊スポーツ
39年間の中で貫き通したものとは
人にぶつかっていかないというレース形態を最後まで崩したつもりはありません。
意識的に手をぶつけていくとか、勝つがために手段を選ばずにやってきたということはありません。
マクール
未練はないと言っていましたが、唯一取れなかった賞金王のこと、こだわりは
賞金王取れたらとりたかった。
チャンスはいくらでもありましたが、これも今村豊の人生かなと思いますし、
全て取っていたら何もかも何もかも面白くなくなるじゃないですか。そんな中で白井英治が代わりに取るって言ってますし、そこのところは私の夢を英治に繋いだと思っていただければと思います。

産経スポーツ
今村さんにとってボートレースとは

私の人生のそのものです。

やはり高校出て、即本栖に入りデビューしまして、59歳をすぎて昔で言う定年をえているわけですから
ボートはじまってボートに終わったと言っても過言では無いと思います。

スポーツ日本
これから水面で戦っていくボートレーサー達に今後のどういったボートレースをして行って欲しいか。
ファンの方が見て「ボートレースって面白いや」って思ってもらえるレースをして欲しいと思いますね。
初めてみた方でも「ボートレースっておもしろいよね」「見るだけでもいいよね」って言ってもらえるような、そういったレース形態になって欲しいですね。
報知新聞
長い間A1級に居続けられた理由
ただ言えることはデビューしたときから、練習に励み、練習に終わって船に乗っていましたし。
そこの点だけは自負で切るところがありまして。
当時の練習量に限っては、誰にも負けていないと言う自負があります。
日刊スポーツ
思い残したやりのこしたことは
やり残したことがあったら多分やめていません。
本当に満足感でいっぱいです。
椎名あつし

質疑応答で今村選手の人柄や実力の本質がみえてきたように感じました。

弟子の白井英治選手にこれからより注目していきたいです。
今村豊選手本当にお疲れさまでした。