2020年ニューイヤーズカップ優勝:菊地孝平選手/浜名湖競艇

2019年12月30日から2020年1月5日まで浜名湖競艇場で行われていた、静岡新聞社・静岡放送NewYear’sCupで菊地孝平選手が見事優勝を飾った。

年末から年明けにかけて行われていた今大会の優勝戦をレース展開を踏まえて見ていこうと思う。

静岡新聞社・静岡放送NewYear’sCup 優勝戦

1号艇:菊地孝平 選手
2号艇:徳増秀樹 選手
3号艇:横澤剛治 選手
4号艇:深谷知博 選手
5号艇:大場 敏 選手
6号艇:金子良昭 選手

展示タイム

まず、1番時計を出したのが2号艇:徳増秀樹 選手であった。
以下は下記の通りである。

  • 1番時計 2号艇:徳増秀樹 選手
  • 2番時計 1号艇:菊地孝平 選手
  • 3番時計 6号艇:金子良昭 選手
  • 4番時計 4号艇:深谷知博 選手
  • 5番時計 5号艇:大場 敏 選手
  • 6番時計 3号艇:横澤剛治 選手

展示タイムでも調子の良い、1号艇:菊地孝平 選手が頭で固定の予想が堅くなるだろう。

2号艇の徳増秀樹選手は、2019年のグランプリではトライアルで勝ち上がることができず、シリーズ戦周りとなってしまった。

12月22日にグランプリを終えて、1週間後にこの大会である。
グランプリに出場し、すぐ切り替えてこの大会に望んでいる選手は多い。

実際にNewYear’sCupの優勝戦を見ても、1,2号艇の2人が共にグランプリ出場選手である。

高い技術はもちろんのこと、トップレーサーとしてきっちりと勝ち上がってくるあたりが、流石である。
頭の中ではすでに、2020年のグランプリを見据えて1戦1戦に向き合っているのが感じられる出走表である。

レース結果:静岡新聞社・静岡放送NewYear’sCup優勝戦

それでは、静岡新聞社・静岡放送NewYear’sCup優勝戦レーススタート

風速6M波高4cmで安定板を使用しての優勝戦となった。

好スタートを切ったのは、1号艇の菊地孝平 選手コンマ07であった。

6号艇がコンマ24で若干凹んだ状況となった。

ダッシュ勢である4号艇の深谷知博選手がコンマ11と好スタートを切っている。
しかし、6号ていを除いてほぼ差が無い状態で横一直線でのスタート。

1マーク直前の隊形を見ていこう!!

ここでは行き足が威力を発揮していく!!

1.2号艇がこのまま綺麗な形で1マークに進入しそうな展開である。

問題は3号艇のカベは機能せず、この時点で4号艇が好スタート決めたことが生きてきて、3号艇の頭をとった形となった。

3号艇は、インに貼り付けられてまくりを行使しづらい展開となってしまった。

1マークの攻防戦に入って行く。

3号艇は4号艇に押されながらも、2号艇の徳増選手の前に出ることに成功している。
2号艇の徳増秀樹選手は、展示タイムはよかったものの、Fがついているせいか1マークまで思ったよりも伸びてこない。

1,2号艇のグランプリ出場メンバーでワンツーかと思いきや、一転かなり厳しい展開となってしまった。

4号艇の深谷知博選手は、2,3号艇が競り合っているのを後ろからじっと俯瞰して差しを狙っている。
かなり落ち着いた状態でさしを行うことができそうである。

1マークの立ち上がりである。

差しを狙った2号艇が3号艇のまくりに阻まれてしまい2号艇は、好スタートを決めたものの、大きく外へ流れてしまい一転厳しい状況に立たされてしまった。

4号艇は、2,3号艇が競っている間に、綺麗に差しを決めてきた。
インの4号艇か、1号艇の逃げかといった1マークであった。

1マークの攻防戦を終えフルスロットル。

この時点で1号艇の菊地孝平選手がかなりのアドバンテージを得た。
イン側で3艇身差は、追う方としてはかなり厳しい差である。

2,3着争いは、3,4号艇に絞られた。
4着に2号艇の徳増選手となっているが、絶望的な差が開いてしまっている。

1周目2マークに突入する。

1マークからインから、4号艇の深谷知博 選手がツケマイもなくいい位置でターンに入った

1号艇の菊地孝平選手がこのリードから抜かれることはまずあり得ない。

安定板を使用していることからもこのままの決着となりそうである。

最終2マーク

4号艇の深谷知博選手が絶妙なターンを見せて、1号艇の菊地孝平選手に迫る。

最後まで強い気持ちが感じられたターンであった。

わずかに、1号艇の菊地孝平選手には届かなかった。
しかし、優勝戦で最終マークまで熱い展開がある良いレースであった。

NewYear’sCup優勝戦:結果

1号艇の菊地孝平選手は、見事逃げで、2020年NewYear’sCupで優勝を飾った。

結果は、3連単1-4-3 6番人気1,390円となった !!

優勝戦はインコースから菊地孝平、徳増秀樹、横沢剛治、深谷知博、大場敏、金子良昭の順になった。
菊地孝平選手はトップでスタートを切ると、最初のターンもスムーズに入り、そのまま後続との差を広げて逃げ切った。
2着に深谷、3着に横沢が続く形となった。

優勝賞金は150万円。
菊地孝平選手にとって通算優勝回数は57回になった。
表彰式でカップを受け取った菊地は、「油断できない水面だった。もっと力をつけて皆さんに楽しんでもらえるレースをしたい」と意欲を示した。

菊地孝平選手とは

登録番号 3960
生年月日 1978/08/16
身長  166cm
体重  57kg
血液型 AB型
支部  静岡
出身地 岩手県
登録期 82期
級別  A1級

勝率 7.27 2連対率 45.80%
3連対率 62.50% 出走回数 144回
優出回数 5回 優勝回数 1回
平均スタートタイミング 0.11 フライング回数 1回
出遅れ回数(選手責任) 0回 能力指数 71
1着 29.2%(42回) 2着 16.7%(24回)
3着 16.7%(24回) 4着 13.2%(19回)
5着 15.3%(22回) 6着 6.9%(10回)

グレード別成績

グレード 出場節数 出走数 1着数 勝率 1着率 2連対率 3連対率 優出 優勝 平均ST 平均ST順
SG 108 883 198 7.68 22.4 % 39.7 % 55.3 % 26 5 0.12 2.4
G1 231 1981 481 7.07 24.2 % 43.6 % 61.1 % 70 11 0.12 2.4
G2 23 205 50 7.36 24.3 % 47.3 % 66.3 % 6 0 0.13 2.6
G3 25 235 74 6.76 31.4 % 54.0 % 71.9 % 11 1 0.16 2.8
一般 211 1909 754 7.22 39.5 % 59.4 % 76.5 % 111 40 0.14 2.3
総合 598 5213 1557 7.23 29.8 % 49.3 % 66.5 % 224 57 0.13 2.4

父親が競艇好きで、小さな頃から父親から「競艇選手になれよ」と言われていた。

高校時代は野球部に所属して朝早くから始業まで自主トレに励み、夜遅くまで練習に取り組んでいた。
また高校時代の学校の成績は優秀で、数学や物理が好きで将来的には飛行機の設計・開発の仕事をしたいと思っていた。1997年、岩手大学に推薦で合格していたものの、同時に受験していた競艇選手募集試験に合格したため、大学への入学を辞退する。第82期訓練生として本栖研修所に入所し、1998年同研修所卒業。

デビューの翌日に初勝利を挙げ、デビューからきっかり3年の2001年に琵琶湖にて初優勝。
さらにその3年後の2004年、常滑の周年記念でG1初優勝、そしてその翌年の2005年には、若松モーターボート記念でSG初優勝を果たし、年末の賞金王決定戦に初出場。

静岡支部で同期の横澤剛治坪井康晴とともに「静岡三羽ガラス」と呼ばれている。